2016年09月26日

信じる者は救われる。


「ふぅ・・・」

なんとか仕事が納期までに間に合った。
今日はどうしても定時で帰りたい理由があり、
先週から残業をして自分を追い込んでいた。
「お疲れさまです。今日はお先に失礼します」
おー、お疲れさん、と同僚たちが端々に言う。
彼らは理由を知っている為、快く見送ってくれた。
早く帰ってシャワーを浴びて、風呂上がりにプシュッと一杯やりたい。
そんな気持ちを抑えつつ、そそくさとオフィスを抜けて出口に向かう。
「ピロリロリーン」
ん、メールか。たぶん彼女からだろう。
先週落としてヒビが入ってしまった携帯画面を覗き込むと、
そこには見慣れないメールアドレスが表示されていた。
「なんだ、迷惑メールか・・・」
少しがっかりしている自分にはたと気付く。
これが彼女からのメールで、
「お仕事お疲れ様。ご飯用意して待ってるね」
という文面であれば、どれだけ気持ちが浮上しただろう。
ふぅ、とまたため息をついて、通知された迷惑メールを何気なく開いた。
「件名: 本文:今カラ 歩イテ○○通リノパチンコ屋○○○35番台ヘ行ケ」
ん・・・?なんだこれ、キモチワル。迷惑メールにしては異質だな。
というか、なんでパチンコ屋?新手の客寄せか?
疲れた頭をフル回転させる。文言は命令っぽい。しかも自分の仕事終わりの時間も、この会社の場所も知ってるらしい。
え、なになに怖いんだけど・・・警察呼ぶか?いやいや、この程度では話しても相手にされないだろう。
「ピロリロリーン」
また携帯が鳴った。同じメールアドレス・・・。
「件名: 本文:制限時間ハ10分」
制限時間?!なんだよそれ、切れたらなんか起こるのか?!
得体の知れない恐怖が体を包んでいく。どうする、行くか?
ここからそのパチンコ屋までは早歩きで8分かかる。
半年前までよく通っていたから、一番近い道も分かる。
気付けばそのパチンコ屋へ向かって体が吸い寄せられるように走り出していた・・・



「ハァ、ハァ、ハァ」
普段運動をしない上に煙草を吸っているためか、
パチンコ屋に着く頃には体が悲鳴を上げていた。
8月末の夕方はまだ蒸し暑く、大量の汗が体から噴き出している。
上がった息も一向に収まらない。しかし、時間がない。
勢いよく店内に駆け込み、35番台を探す。
エアコンの効いた店内が天国のようだ。
・・・あった35番!が、しかし、煙草の箱が置いてあった。
玉も大量に入っているし、誰かが打っている途中のようだった。
「ピロリロリーン」
来た・・・こいつ、自分の後ろをつけてるな。どこだ、どこにいる。
「件名: 本文:35番台ニ座ッテ ウテ」
え・・・ここでパチンコを打てって?
もしくは、台の下に隠してある銃で誰かを撃てってことか!?
即座に台の下や椅子の裏側を座り込んで確認する。
幸い拳銃は見つからなかったが、
店員が訝しげな顔をしてこちらを見ていることに気付いた。
そりゃそうだろう。自分がもし君たちの立場だったなら、
35番台の前で右往左往している人間を見つけたら不審に思う。怪しい、気味が悪い、と。
その気持ちを想像して少しヘコむ。なにやってんだ自分は・・・。
大人しく席に着いてひと息つく。先程より気持ちも呼吸も大分落ち着いていた。
ハンドルに手をかけ、ひとまず打ち始める。
玉が飛び出す度に、手に振動が伝わってくる。
カシャン、カシャン、カシャン・・・
止まっていた画面のルーレットが回り出す。
「ああ・・・懐かしいなぁ・・・」
思えば、半年前まではパチンコ屋に入り浸りだった。
新台入替の度に朝から並んでいたし、大勝ちした時も、もちろん大負けした時もあった。
今の彼女との結婚を考え出してから、節約のために自制したのだ。我ながら偉いと思っている。
過去を回想しながら、思わず傍に置いてあった煙草に手が伸びる。
火をつけ、吸い、ふぅーと煙を吐き出す。ああ、これこれ。
当時の自分は、この時間のために働いていたようなものだった。
行かなくなってからはというと、彼女といる時間が増え、
彼女も結婚を意識してくれるようになり、結果オーライだった。
でもやっぱり気持ちいいな。たまにはいいかも。
なんて浸っていたとき、ふいに玉が切れた。
「チッ、かからなかったか。」
折角だし、もう1000円くらい打っていこうか。財布に手を伸ばした瞬間だった。
「ピロリロリーン」
「件名:Mission 2 本文:パチンコ屋ノ 前ニ停メテアル 赤イバイクデ ○丁目ノ○○銭湯ニ 行ケ 77番」
なんだよ、ここからなのに。いつの間にミッションになったんだよ。
若干恐怖心も和らいでいたのかメールにツッコミを入れつつ、
横目で店内から赤いバイクを確認する。入ってくるときには無かった気がするけど・・・
背後で見られていると思うと、少し背筋がひんやりした。
パチンコ屋で嫌な思いをしたわけでもないし、これも従ってみるか。
恐怖心よりも好奇心が勝った瞬間だった。



赤いバイクに跨り、走ること15分。銭湯に到着した。
このバイク、エンジンまでかかりっぱなしで置いてあった。
爆発でもするんじゃないかと身構えたが、例の店員に店内から見られている気がして平静を装った。
バイクは、よく仲間とツーリングに行くくらい好きだ。
いつもは海沿いや山道が多いが、夜の町というのもなかなか良いな。
次のツーリング計画を頭の中で練りながら、銭湯の暖簾をくぐった。
「この番号は多分ロッカーだよな。77番か・・・77番・・・」
あった。カードが挟まっている。


 風呂デ汗ヲ流セ
 制限時間30分


「まぁ銭湯なんだから・・・風呂だよな・・・」
パチンコの次は風呂。もしかしたらこの後は食事?
この謎のメール相手は、自分を楽しませようとしている。
そんな気がしてきた。
「着替え持って来とけばよかったなぁ」
なんて言ってみる。でも仕方が無い。
誰が仕事終わりからこんなことになるなんて想像できただろう。

番台に座っていたお婆さんに
「お金は要らないよお兄ちゃん」
と出した440円を突き返された。
既に支払われているらしい。
「あ、そうですか・・・」
行き場を失ってしまった440円を財布に戻す。ジャラリ。
あとで煙草でも買うかな。

浴場には誰もおらず貸切のようだ。ラッキー。
かけ湯をして湯舟に浸かると、
少し熱めのお湯に体がぞわっとする。
家にはない大きな湯舟で手足を目一杯伸ばす。
あー、極楽極楽。

20分ほどで浴場を出た。
扇風機を強にして風を浴びる。
コーヒー牛乳でも飲むか。
コインロッカーへ財布を取りに行くと、
取ったはずのカードが挟まれていた。
ん?さっきとは何か違う。


      外ヘ出テ
 ケバケバシイ女ノ車ヘ乗レ


「え・・・・・」
謎の女の登場。緊張が走った。
今までは自分の単独行動だったため、幾分か気楽だった。
誰だ。もしも友人だったらドッキリだと明かしてくれるだろう。
知らない人だったら。
色々と覚悟を決めないといけないのかもしれない。
コーヒー牛乳を流し込んで外へ出ると、
銭湯の前に赤いスポーツカーが停まっていた。
ボンネットに腰掛けていたのは、
真っ赤な唇にデカいサングラス
ボディコンスーツを着た女だった。
知っている顔ではなかった、というか、
正確に言えば判別ができなかった。
女は自分が出てきたことを確認すると、
無言で運転席に乗り込み、隣に乗れと合図してきた。
この女に間違いないのだろう。

いそいそと助手席に座る。
シートベルトを確認すると、女は勢いよく走り出した。
横顔を盗み見ては友人の顔と重ね合わせたが、
一致する奴は一人もいなかった。
これはもう他人と思った方が良いだろう。。

走り始めて20分くらい経っただろうか。
女とは一言も交わしていない。
最初こそ気まずい空気だったが、
慣れてしまえば、その沈黙は気にならなくなっていた。
キッ、と車が急停止する。
停まった場所は・・・自分の自宅だった。

こちらを凝視する女。
着いたわよ、とでも言いたげである。
「ありがとうございます」とだけ告げ、ドアを閉めると
女は勢いよく去っていった。
もっと壮大なストーリーを想像していただけに、
自宅に帰りついたのはいささか期待外れだった。
彼女は今日、訳あって実家に帰っているので家に入っても一人だ。

結局謎のメール相手もケバい女も正体が分からなかったが、
気分はリフレッシュ出来ていて充足感があった。
後日高額な請求が来たとしても、まぁ仕方がない。
最初のメールの誘いに乗ったのは、他でもない自分自身なのだから。

家の鍵を開ける。ガチャリ。
扉を開けると、無数の眩しい光が部屋に灯っていた。
蝋燭で部屋が埋め尽くされていたのだ。
そしてリビングのテーブルには、ホールケーキと
居ないはずの彼女の姿があった。

「お帰りなさい。お誕生日、おめでとう。」

そう。今日は俺の26歳の誕生日だったのだ。
仕事を頑張ったのも、同僚が快く見送ってくれたのも、このためだ。
実家に帰っているはずの彼女がいるということは、
先ほどまでのいきさつも、きっと、彼女が絡んでいるのだろう。
「ありがとう・・・」
月並みな言葉しか口から出せなかった。
なんだろう、胸が熱い。

「目をつぶって?」彼女が言った。素直に従う。
すると、ハッピーバースデーの曲を彼女が幸せそうに歌ってくれた。
優しく、可愛らしい声で。
なんて自分は幸せ者なんだろう、と
目を閉じながらこのひとときを噛み締めていた時だった。


グシャッ!!!

「!!!?」


・・・・・

ケーキが、自分の顔に盛大に張り付いている。
あれ、これ今目の前にあったケーキ・・・?
上に乗っていたイチゴやキウイが顔からボトボトッと膝の上に落ちた。

「あぁっ、大変大変!!」

え、これ投げたの君じゃないの??
頭の中が混乱する。
「これで拭いて!」
咄嗟に、ケーキが置いてあったテーブルの
テーブルクロスの端を掴む彼女。
次の瞬間、華麗なテーブルクロス引きを披露した。
「・・・!!!」
驚きで声が出ない。
ニコニコしながらテーブルクロスを顔に当てられる。
なんなんだいったい・・・

そう問いかけようとして、
拭いた目を開けると、そこには先程よりも一回り大きく
「HappyBirthday」と書かれたホールケーキが目の前にあった。


「お誕生日、おめでとう!ニコッ

そして、2人きりの夜は更けていった・・・







という、およそ16年前にシェフが考案し実行した
バースデーサプライズでしたとさ。笑






Posted by ラテッラ at 02:38│Comments(2)
この記事へのコメント
ハードボイルド小説みたいなグイグイ引っ込んでゆく文章を楽しみました。読み止めようにも止められない次から次の仕掛けに、結論を知ろうと、一気に読んでしまいました。
面白いし、状況にリアリティがあるし、組み立ても面白い。
りかさん料理より、文才がありますね。
充分、楽しみました。
Posted by 島涼 at 2016年09月26日 05:53
コメントありがとうございます!
ストーリーはノンフィクションなので、シェフの企画力の凄さに脱帽ですね。。スポーツカーの女は、ターゲットの友人がバレないようにケバく仮装していたんだそうです。
シェフが話してくれた実話に沿って脚色しながら書いてみたのですが、出来上がったのを見せたら「なんか全然雰囲気が違うんだけどw」と言われました。笑
Posted by ラテッララテッラ at 2016年09月27日 21:18
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